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長男の体調不良

次男が学校へ戻って、
リズムも安定し、
私自身も少し落ち着いてきたころ、

長男が 「お母さん、
     砂漠の町の夢を見た。」
とか 

     「とても長い階段から
       落ちる夢を見た。」

と言った話を
するようになってきました。

長男中学2年生の時です。

また 夢のお告げです。
さっそく検索しました。

砂漠の町をさまよう夢は・・・
自分が最悪の状況に追い込まれ、
どちらに向かったらいいのか
わからない状況に陥って
自分の将来や人生そのものに
不安を感じている事を
暗示しています。
論理的思考も低下し、
自ら道を切り開くのは困難な
状態です。
身近な人に相談しましょう。

とありました。

子供達の夢のお告げは、
彼らの心の様子を
とても的確に表している事が多いのです。

長男は運動部に所属していました。

部活が楽しくて楽しくて。
もっと強くなりたいと、
中学1年の頃から
自分なりに
色々と努力をしていました。

強くなるために、
勝つ為に
もっとこの道具が使いたい、
あの道具をかってくれ。
この道具をかってくれ。
やっぱりこれは合わないから、
次はこれ。
でもこれだと重さがあわないから
次はこれ・・・と。

熱心ですが、買ってくれ交渉も激しく、
彼の交渉に付き合う事に、
私は若干お疲れ気味でした。

中学2年といえば
3年生の先輩達が引退をして、
次は自分たちの代で頑張るとき。

私は中学での彼の状況が
良くわかっていなかったのですが、
久しぶりに会った友達ママから 
うちの子が部活でエースの存在だ!
と言われ、
びっくりしたことを覚えています。

プレッシャー

彼にのしかかっていたのは、
恐らくそんな言葉でした。

夏の大会の後、彼はこういいました。
「もう 道具がどうのとかいいや。
        なんか違う気がする」

その後からです。
彼は体調を崩すようになり、
学校を休みがちになりました。

不登校という選択

今思えば、次男が不登校の間、
私は彼のケアーに
かかりっきりでした。

他の子供達は、
そんな母親を一体どんな風に
見ていたのでしょうか。

僕もかまってほしいなぁ。

そんな思いも
沸いていたのかもしれません。

自信がなくなった彼は、
毎日毎日ゲームに没頭するように
なりました。

勉強が全く手につかなくなり、
ひたすらゲーム。

勝てないと怒りでゲーム機を投げつけ、
壊してしまう事もありました。

とても とても 強い 怒り。

スマホもすぐに投げてしまい、
何度修理に出したことか。。。

私はおたおたするばかりでした。

中学の担任は、
どちらかというと放任主義の先生。

彼の様子を話すと、
「しばらく様子を見ましょう。
 特に毎日連絡を入れなくても
 大丈夫ですよ。
 来られる時だけ、
 何時間目に遅刻で登校しますと
 事前に連絡を頂ければ、
      それで大丈夫です。」
という事でした。

お母さんにとって
毎日、学校へ欠席の連絡を
入れることは、
しんどい事の1つでも
あります。

少なくとも
私にとっては、そうでしたので、
学校への連絡を入れなくてもよい
という対処をしていただけた事は
とても助かりました。

不登校になった時、
担任の先生によって
対応はずいぶん変わるように
感じます。

次男の時の担任の先生は、
連絡も必ずしてほしい。

次のステップはこれ、
その次はこれをやってください。
と。 

できたらやってるよーーーーって
私がギブアップしてしまう位

次から次へと要請され、

私自身がきつかった事を覚えています。

断ると、こちらからの申し出は
受け付けてもらえない。
ギブ アンド テイク
的な先生だなと思いました。

長男の担任の先生は放任主義。
あんまり色々な事に
首を突っ込みたくないタイプで、

「まっ、いろいろあるでしょうから
 家で休んで大丈夫ですよ。
 でも、勉強だけは
 自分の為にしておいた方が
 いいですよ。」という先生でした。

こちらの対応の方が
母はメンタル的に断然楽。

ただでさえ子供の様子に
オタオタしている様な状態だったので、
あれやこれや押し付けられるより
とても楽で、
子供のペースに合わせてあげようと
思える余裕も・・・・・
ないのは自分のメンタルの問題・・・
かな。

ただ、自分主体で学校へ
戻っていく事になるので、
お母さんが上手に
学校とのつながりを作っておく必要が
あるように感じます。

全く縁が切れてしまう勢いで、
学校の情報が
入ってこなくなりますから・・・。

長男は11月頃から
全く学校へ行けなくなりました。

お腹の調子が悪くて、動けません。

1月。
歩けなくなるほど体調を崩し、
布団とトイレの往復。

食べられない。

フラフラする。

そんな日々が1週間ほど続きました。

口にできたのは、栄養補助ゼリーのみ。

便を出すエネルギーさえなく、
辛いと寝込んでしまいました。

そして、そんな彼を見て、
私は泣きじゃくってしまいました。

自分の事の様に苦しくて苦しくて。
不安で不安で。
心配で心配で。
たまらなくなってしまいました。

そんな自分に、
私は自分の不安定さはちょっとおかしいと
初めて思うようになったのです。

そして検索。
キーワードが変わっていきました。

共依存。
機能不全家族。
アダルトチルドレン。
アレキシサイミア(失感情症)
発達障害

本当に本当に
不安が強い私でした。
しょっちゅう泣きながら
カウンセラーさんに
電話していました。

1週間に一度のカウンセリングを
待てないほど。

自分で
自分を保つことが不安定で
心がグラグラしている感覚を、
体で感じてしまうほどでした。

でもね

子育ては自分育て。
自分が変われば家族が変わる。

私は今こうして、ブログを書いています。
今の私の心はとても穏やかで、
若干ですが、
地に足がついている感じがします。

お子さんの事で悩んでいるお母様。
時間がかかるかもしれません。

いや、かからないかもしれません。
でも、こんなに泣き乱れた私でさえ、
今こうして誰かを支えたいと思える強さを
手に入れました。

だから きっと 大丈夫。
大丈夫です。

私が あなたを 信じています

お読みいただきまして ありがとうございました

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