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校長先生からの呼び出し

私の子育てに
ブレが少しだけ
なくなってきたのでしょうか。。。

自分でもどうして
人間関係が変わってきたのか
良くわかりません。

でも、自分の成長に
伴って、
関わる人
話せる内容が
少しづつ
確実に
変わってきている事が
分かります。

小学校の
校長先生に
呼ばれました。

四男君は通級指導を
希望しています。

今、四男君が通っている
小学校は、通級指導を
希望しているお子さんが
とても増えており、
順番待ちとの事でした。

でも、我が家の子は、
母子登校をしていた
事もあり、病院での
証明書も頂け、
学校での審査、
教育委員会での審査も
すんなり通り、
希望してすぐに
通級へ入れてもらえました。

担当の先生からも、
2時間枠を考えています。
と言われ、手厚い
サポート体制を
取れる準備をしてもらっていました。

でも、四男君は
学校へは行きたがりません。

その時間、
通級の先生は
ずっと待っていてくれます。

たまたま四男君の
担当の通級の先生が、
東京都で、その道で、
有名で 熱心な先生
だそうで。

先生自らが、
全生徒に向けて
個性について話してくださったり、
通級教室の活用方法を
話して下さったり、
教員に対して、
生徒への対応について
話して下さったりと
積極的に動いて
下さっている方だそうです。

そんな専門的な
尽力を尽くして下さる
先生の支援を受けたい
子供達が沢山いる中
学校へ行けない
我が家の四男君の為に
先生は時間をあけて
待っていて下さるのです。

状況は分かっていますから
申し訳ないな
という気持ちは
勿論あります。

。。。。

通級の先生との面談で
私が学校へ訪問した際、
校長先生に呼ばれました。

校長「お宅のお子さんは
   学校へ来れていないので、
   来年度の通級の申請は
   しない方向でよいでしょうか。
   お母さんのお気持ちは
   如何ですか。」

と。

私「学校で通級希望のお子さんが
  沢山待っていらっしゃることは
  承知しています。
  でも、支援が必要かそうでないか
  といったら、どういった形でも、
  支援は必要だと思っています。」
と答えました。

すると、
校長は「だから、順番が逆でしょ。
    学校へ来てから支援でしょ。」
と。

声を荒立てる校長先生の
様子に、申請をしない
と言わせたいんだな。
と感じました。

私は、正直ガッカリしました。
学校教育のトップって
こんなものなのか。って。

学校からの申請ルールか
なにかで、
親からのそういった言葉が
ないと、
学校として勝手にできない
という事があるのだなと
感じました。

分かってしまたら
なんだかここで戦うのは
面倒臭くなりました。

わかってもらう事は
きっと難しい。

支援は他で探そう。

私は「わかりました。
   じゃあ、結構です。」
と答えると、

校長「はい、
   じゃあそういったことで。」
と、校長先生は満足そうでした。

自分で決めたんですが、
なんだか
心の中はとっても複雑で。

悔しい気持ちが湧きました。

学校へ行けないから 
なお
支援が必要なのにな。
と。
 
だから、校長室を出る時、
めっちゃ 態度が悪かった
と思います。
態度出しまくりですよ。
(子供かよっ!)

でも、受け入れるしか
ありませんでした。

先生って一人ひとり違うんだ!

出会い。
そういうタイミング
なのか。

個性を大事にする教育へ
大人がついて来られるように
なりつつあるからなのか。

そういう時代なのか。

校長先生とのやり取りに
納得できなくて
いや~な気持ちを
引きずったまま。

通級の先生との面談が
ありました。

私「先生、校長から
  来年度の通級申請はなしと
  言われました。
  先生とはあと何回お話ができて
  私はどんな風に子供の様子を
  観ていけばよいでしょうか。
  沢山、教えていただきたいのです。」

すると。。。
先生「ああ、校長ね。
   そう言われちゃった?
   
   僕はね、
   関わったご縁があるから、
   こちらから切ることは
   しませんよ。
   幸い、来年度は、受け入れ態勢が
   4人態勢に増やせそうだし、
   大丈夫ですよ。
   ただ、
   今まで2時間枠でとっていたのは、
   ちょっと厳しいかもな。

   時間は少し減ってしまうかもしれません。
   
   教えるというよりは
   一緒に考えていきましょうね。」
と。

私は、その言葉で、
思わず涙がこぼれてしまいました。

捨てる神あれば拾う神あり!

ありがたい。

面談が終わってすぐ、
今度は副校長先生と会いました。

副校長先生は、
私を気にかけてくださり、

「お母さん大丈夫ですか?」
と声をかけてくださいました。
そして、自分の身の上話を
してくださいました。

そして。。。

「お母さん私ね、
 お母さんを見ていて思うんです。
 ここからは、副校長という
 立場ではなく、
 一人の人としてお話しますね。

 お母さんは、子供に客観性を
 持って、接していらっしゃる。

 お子さん達、きっとこれから先
 何かあっても、自分で立ち直れる
 子たちになっていけると
 思います。

 勉強はね。
 やる気になれば、何とかなります。
 大丈夫ですよ。

 学校ってね、教育現場でありながら、
 社会の縮図です。
 でも、それじゃいけないって
 私は思っていてね。
 だから、自分が気が付いた時は
 どんどん声をかけるように
 しているんです。
 もっと淡々と社会に飲まれて
 やれたら、私、今頃
 校長になっていたかもしれません
 けどね。

 こんな話
 他の人にはしません。
 通じないですもの。ほほほ。」
って。

先生といっても
校長と副校長で
こんなにも意見が違うんだ。

学校の先生と
通級の先生でも
もちろん立場も違うけれど、
一個人としては
こんなにも意見が違うんだ。
分かってくれる人も
話せる人もいるんだな
と思ったら、
とても心強く思えました。

そして、私にはもう一人
味方がいることが分かったのです。
それは、四男君の
担任の先生でした。

担任の先生は、
「僕は
 とにかく
 うちの四男君と
 まだ距離を感じているので、
 親しくなるところから
 始めます。」
と 宣言してくれた先生です。

先日家庭訪問に
来てくださいました。

一緒にゲームをする為です。

三男君が
先生の発する言葉や
態度を見て、

「この先生とだったら
 卒業文集を書く。
 この先生は、僕たちを
 無理やり学校へ連れて行こう
 とは、しない」

と直ぐに言い出しました。
(卒業文集 書くの
 渋っていたんです。。。)

あっ、因みに
今我が家には
不登校というか
登校を拒否している
子供が二人ほど
おりまして。
三男君と四男君です。
はい。

子供って本当にすぐに
分かっちゃうんですね。
ビックリです。

担任の先生は
私にこう言ってくださいました。

「うちの学校の教員にも
 昔不登校を経験している者も
 いるんですよ。
 今では必要な時間だったって、
 本人が話しています。

 今ね、この子達、たぶん
 仕訳をしていると思うんですよ。
 自分にとって
 いるものと
 いらないもの。
 
 こういう子はね、
 道が決まったら、
 どんどん ぐんぐん
 あっという間に進んでいきますよ。

 こういう時間がない子達がね、
 高校生くらいになって
 自分はこれからどうしていけば
 いいのかなぁって
 ぐたぐたはじめちゃったり 
 するんですよ。

 お母さんは、今のままで
 いいと思います。
 そのままブレずに
 居てください。
 
 階段は必ず上っているんです。
 ちゃんと上りながら
 今、いろんな出会いの扉を
 見つけていて。
 自分で、これっていうの、
 開けますから。
 ちゃんと開けますから。
 大丈夫です。

 僕ね、健康学園っていう
 所で教師をしていて、
 そういう考え方を。
 子供の成長を。
 見てきたんです。
 勉強はね、目標が決まれば
 後からでも大丈夫です。
 
 もし、小学校へ行けなかった
 としても、大丈夫です。
 って教師の僕が言うのも
 なんなんですがね。

 勿論、何が何でも
 学校へっていう先生もいて、
 そういうアプローチを
 僕は否定はしません。
 でも、僕は、今の
 お母さんの寄り添い方で
 いいと思っています。」
と。

とっても とっても
とーーーーっても
安心しました。
嬉しかった。

学校の先生と
こういう話ができるとは、
思ってもみませんでした。

感動しました。

その後先生は、
子供達がゲームをしている所へ
入って行って、
「これはどうやるの?
 先生は、こうなんだけど
 どうしたら上手くなる?
 へーそうなんだ。
 上手だね。
 ここのボタン押すの上手いね。
 そうやるのか。」
って。
子供から反応があっても
無くても、
沢山、沢山話かけて
くれて。

そして、
「また来週来ます!」
と言って帰っていきました。

一人で背負わなくても
いいのかも。

助けてもらっても
いいのかも。

私は 子育てがしたい。
人を育てたい。

それをわかって
協力してくださる人達と
ちゃんと出会えた。

新しい出会いと
新しいアプローチが
始まりました。
お読みいただきましてありがとうございました

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