スポンサーリンク

何もできない人が羨ましかった

私が今ブログを書くにあたって
サポートしてくださっている先生が
昔書かれていたブログの
タイトルです。

仕事をしていて、
私は似たような事を考えていました。

どうして私はこんなに
できない人をやっているのだろう。
って。

昔は、ちゃんとできなきゃダメって。
必死で 仕事を覚えなきゃ。
失敗しないように頑張らなきゃ。
ってやっていて、
できる人と周りから評価をされていました。
(後から周りから聞きました。)

でも、今は、それができないのです。

必死バージョンをやろうとすると
体の力が抜け、
気分が悪くなる。
だから今できる事だけしか
できない。

そうすると失敗が
めちゃめちゃ増える。
怒られる。
嫌われる。

自分で自分に
一体何なんだろうって
思っていました。

できるようになってしまうと
なんなんだろう。

沢山仕事を任せられるから
それがイヤ?

失敗して えへっ?とか
やっているほうがかわいい?
(もうそういう年ではないよね。
 無理だよね。
 それに相手は、ヒスになってるよ。
 めっちゃ険悪。はぁ~)

カマちょか?
できる人になってしまうと、
できるから大丈夫と
ほおっておかれて、寂しいから?

私は怒られてでも
カマって欲しいのか?!

失敗して
助けてもらう事でさえ、
人と関わりたい?

失敗しても
ここに居ていいと
認めてほしい?

そしてこれ。
何もできない人が
羨ましい?
それをやってみたい?

他人のためになら頑張れる
けれども、
自分の為に努力をしよう
と思うと力が抜けてしまう私。
努力ができない。

だから、スキルがある人が
とても羨ましかった。

だったら努力すればいいじゃん。
に戻り、でも努力しようとすると
力が抜けるに戻り。。。

高橋先生の羨ましいところは、
(あっ、羨ましがっちゃった。。。)
自分の為に努力ができる
所です。

先生の
『何にもできない人が
羨ましかった』を読むと

自分に努力ができる人
自分に努力ができない人
という違いがあるにも
関わらず、

能力のない人ほど
愛されて、守られて
より多くの恵みを受け取れる。

できないことが多いほど、
助けてもらえる。

と自分は思い込んでいた
という部分には、
私も不思議と共感できるのです。

先生は、親御さんから
大学へ行きたいなら
国公立の大学へ行ってほしい。
浪人しても予備校代は出せない。
と言われて、頑張った。
期待に応えた訳ですね。

対して妹さんは
高校中退。
高校認定試験を受けて
県外の私大へ行ったそうです。

妹さんの経済事情に
伴い、先生の仕送りが
減額、生保も解約された
との事でした。

そしてできた歪みは、
できるから放置されるんだ!。

で、私の中では先ほどの
私がなぜ仕事が上手くいかないかに
つながっていくのです。が。。。

自分のパターンが1つ見えた

私は三人兄弟の長女に生まれました。
母は、宗教に熱心。
父は、おぼっちゃま。

母は、我が家の幸せは
罪穢けしにあり!
家族の為に母は宗教を頑張るぞー。
という人でした。

生活のすべてが
宗教中心で回っていました。

神様の御用をしている人は
徳が積めるから、
あなたは家事をしなさい。
兄弟をよろしくね。
と。

母は、宗教がいいもので、
家族で信仰するべきもので、
やるのが当たり前という
話し方をする人でした。

母は、眉間にしわをよせて、
感情的に話す人でした。

いつでも責められている様な
感じがしていました。

父はそんな母のいいなり。

お母さんが大変だから、
お母さんのいう事を聞きなさい

と私に言い、
私の話を聞いてくれる人は
家には一人もいませんでした。

夕飯を作り、掃除をし。
ご先祖様へお食事をお上げし。
妹達に食べさせる。

やっていないと
怒られる時もありました。

作った味噌汁が
味が濃すぎると
よく文句を言われました。

母は、父にも家事を手伝えと
ガミガミ ガミガミ言う人でした。
それこそ本当にガミガミという
表現が向いています。

でも、父はおぼっちゃま。
やったことがありません。

手伝うけど大雑把な父は、
こぼしたり、適当だったりで
更に母に文句を言われていました。

私は、それを聞いているのが
嫌で嫌でたまりませんでした。

手伝ってもらったのに
お礼も言わないんだなって。

手伝ってもらって
文句ばっかり。

自分の思うように人が
動いてくれないと
ダメ っていう評価なんだな。
って。

だから、私は、
父が可哀そうに
感じてしまい、
私が何とかして
あげなきゃいけないって
思ってしまったのです。

母のいう事も
聞いてあげなきゃいけない。
あのガミガミが止まるように。

兄弟は私が面倒を見て
あげなきゃいけないって
思い込んでしまったようです。

私にとって
親は神に通ずるという
宗教の教えも相まって、
私が閉じこもった殻は
とてもとても頑丈なものと
なりました。

大人になって、
事あるごとに
急に飛び出す自我は
急にとびだすから
暴走し、
事故を起こし、
恥ずかしくなって
やっぱり出ちゃ
ダメだった。。。
って落ち込んで
又殻に戻る。

そして45年間
自分の事を考える
という事をしてきていない
という事に。。。
今!気が付いた。(笑)

だから今やっているのかぁ。。。

でも、カウンセラーさんに
支えてもらいながら、
若干暴走しなくなってきている
自我は、
今 職場で
全く同じ感情を味わう
パターンに陥っている
事に気が付きました。

私の直属の上司 ← 母のポジション
べきを押し付けてくる
でも言っていることは
確かにねってことばかり。
私の失敗を責める。
仕事を任せたいから
しっかりしてほしい
と 期待値が高い。
できないとガッカリされる。

その上の課長 ← 父のポジション
割と大雑把で
言われたことしかやらない。
人はいい。
ミスが多いから、
人のミスをあまり責めない。

私の直属の上司は
ルールをきちんと
守らなかったり、
ミスが多かったりする
課長が許せない。
ちゃんとして欲しい
と思っている。

陰で悪口をいっぱい
言っている。
そして長女の私。

二人の仲が悪いことを
何とかしなくちゃって
一人で背負い込もうとする。
凄く苦しい。

しまいに直属の
上司から、嫌われ、
悪口を言われるようになる。
ターゲットが変われば、
私は上司を守れる?!

自分で書いていて、
ちょっと恐ろしくなってきました。

マジか!わが自我よ。

新人君が二人入ってきました。
↑ 私が育てなければと
思い込んでいる兄弟ポジション。

私は、とても丁寧に
面倒をみています。

自分が何かをかぶってでも
守ってあげなくちゃって。
凄い正義感です。

私は父とは
割と落ち着いて
話すことができました。
友好関係成立。

今課長と私は
割と本音で話せていて、
友好関係成立。

母とは、連絡をとろう
とすると嫌悪感が湧く
ほど、嫌い!
って思っており険悪関係。

直属上司は
私をヒステリックに
叱りつけるほど
。。。険悪。

新人の子らは、
何かあると
話を聞きに来て
くれる。
友好関係。

うーーーん。

実はこのちょっと前、
私の直属の上司は、
女性の先輩でした。

その先輩が私を
会社へ呼んでくれたのですが、
私の事を自分が辞める
後釜に呼んだんですね。
と私の自我は感じてしまいました。

会社の雰囲気や
この上司同士の仲の悪さ
も何も教えてくれなくて。。。

私が入社してすぐ
「私、辞めるから」って。
「でも、私はあなたに仕事を
 紹介してあげたのだから、
 呼んでおいて
 無責任って
 いうかもしれないけど、
 謝らないからね。
 あんただって、自分で
 選んできたんでしょ。
 自分のスキルの為に
 仕事して、嫌なら次へ
 行けばいいんじゃない」
って。

親に謝って欲しいと思っている
私の自我は、
私はあなたの為に
やってあげたのよ。
謝らないからね。
それに、自分で決めて
来たんでしょ!
に猛反発。

彼女が母ポジションになり、
今の直属上司が
父のポジションに入りました。

だから、その時、
女性の先輩とは
険悪。

今の直属の上司とは
友好関係だったんです?!

別バージョン

主人に対しては。。。
主人は母のポジションに入っています。

私の自我は
彼に対して
宗教にばかり行かないで
もっと家にいて欲しい。
家事を手伝って欲しい。
甘えさせて欲しい。
優しくしてほしい。
話を聞いて欲しい。
宗教をやるよりも
家事や仕事をして欲しい。
と感じています。
そして、反発しています。

関係性が近くなり、
親密度が増すと、
自我が反応してしまう。
やっぱり暴走しているのか?

今 思い返してみれば、
私と母のコミュニケーションは
叱られるという関係性で
成り立っていたのかもしれません。

私が自分の事を話すと、
彼女は必ず怒鳴って返す。

文句をいうと
そんなの知らないわよ。
やりたければ自分で
勝手にやればいいでしょ。

自分で選んだんだから、
私に文句を言わないで。

と言われて育ってきました。
はぁ~。
もう十分あじわったよ~。
私の自我君。

パターンはわかった。
一体どうすればいいんだ。。。

お読みいただきましてありがとうございました

スポンサーリンク
おすすめの記事