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学校へ行かない日々

大学病院での検査にたどり着くまでの
子供との生活は、忙しい日々でした。

朝、子供が目を覚ましやすいように
カーテンを開け、
彼の好きなテレビ番組をつけ。

食べられそうなものを準備して。
下の子の幼稚園への送りの準備と
午前中のパートへ。

午後に毎日学校へ付き添い、
勉強をしたり、遊んだり。

少しでも長い時間、
学校にいられるように。

今週は60分いられたね。
来週は2時間いてみようか。と。

母子での別室登校を続けていました。

週に1度の
次男君の教育相談室の
プレイセラピーに付き合い。

自分もカウンセリングを。

週に1度のスクールカウンセラーの面談。

2週間に1度の大学病院への通院。
そして新たに
スクールカウンセラーさんから
思春期外来(メンタルクリニック)への
通院を勧められ。
とりあえず、
全部言われるがままやりました。

次男の体力が落ちることを心配して、
次男の体調がいい時には
外遊びに付き合い。
家の前で
サッカーとかやっていました。

声をかけて
気分がよさそうな時には、
ランチに連れだしたり。

彼も頑張りましたが、
私も頑張りました。

次男君は
友達のお母さんに会うことを懸念して、
あまり外へ出たがりませんでしたが、

病気と言えばいいや。
マスクをしておこう。
フードをかぶればわからないかな。
と自分を納得させ、
外へ出かける回数も
少しづつ増やせるようになりました。

私は、
合い間で一番下の子の幼稚園のお迎え。
役員のお手伝い。

思春期外来は、
勧められた場所が通いづらい場所で、
1度訪れ、通う事をやめました。

今書いていて、
本当によくやっていたなぁと思います。

当の本人は、
すべてに
あまり前向きではありませんでした。

彼が自分で
自分自身にやっていた事は。。。

毎日お笑い番組を
見ていました。

特に体を張った系のネタは
随分気に入っていて
(いわゆる出川哲郎さん系です)

不安が強くなると
すぐ
自分でつけていました。

別室登校の時、
卓球をやりたがりました。

スクールカウンセラーさんとも、
ずっと卓球を
していました。
口頭のやりとりは
彼が拒否したため、
ほとんどありませんでした。

スクールカウンセラーさんは
ただただ彼に
付き合ってくれました。

次男君があまりに卓球ばかりを
やりたがるので、
ついに担任の先生が、
別室へ
卓球台を入れてくれ、

とりあえず気が済むまでやらせましょう

みたいな事になりました。

ここまでが
一旦学校を休む形をとってから
2か月くらいのできごと
でしょうか。

だいぶ調子が
良くなってきたなという時、

保健の先生が
「お友達にここへ来てもらって
給食を一緒に食べない?」
と提案してくれました。

この保健の先生が、
割と次から次へと
「お友達と遊んでみない?」
「給食は食べられそうかな?」
「これはどう?」
「あれはどう?」
と提案して下さる先生で。

始めは私も
提案されるがままに次男に
提案、返答を繰り返していました。

心配して、早く戻せるように、
協力してくださっているんです。

親切なんです。

でも。。。

実は私も少し、
ほんの少し、
うるさいなと感じていました。

それを私がしっかり感じて、
上手に断れば
よかったのですが、
当時の私は、
不安が強すぎて
そういうコントロールが
できない状態でした。

自分でも自覚があります。
子供を守ってあげられる状態では、
私がなかった。
ごめん。次男君。

勧められた給食を食べ、
家に帰った夜。
夕食を食べながら
次男が急に手と手を
こすりだしました。

手が汚い。
落ちない。

そう言いながら、
ずっと手をこすり続けています。

明らかに異常な様子。
その様子は
1時間近く止まりませんでした。

やっと落ち着いた頃。
彼と話をすると

「給食を食べたら
教室へ戻されると思って。
怖くなったら、
手が汚れているように感じて。。。
お母さん、お願いがある。
あれやれ、これやれ、
次から次へと色々言わないで。
自分で決めたい。」

子供の言葉を受け、
私もやっと保健の先生に
「こういう事情なので、
こちらのペースで動きます。」
と話せました。
弱い母です。

念願の検査

この頃やっと大学病院で
起立性調整障害の
検査を受ける事になりました。

検査の方法は、
血圧計の装置を腕につけ、
15分寝る。15分立つ。15分寝る。
という事を数時間?繰り返して、
脈や血圧の上昇を調る
というものです。

用意された場所は、診察室の一角。

殺風景な場所でした。

看護婦さん達が
てきぱきと仕事をしながら、
「特に痛いこともないし、
      大丈夫よー。」
といいながら、
準備をしてくれます。

血圧の動きを読み取る装置とやらが
大学病院にしかないらしく、
大学病院を紹介されましたが、
検査自体は
痛くもかゆくもない
簡単なものでした。

元気な人にとっては。。。
ですが。

以前にも書きましたが、
朝起きてからすぐの
血液の様子を見たい
という事で。

検査は朝の8時30分
から始まりました。

朝、8時半。
元気な人にとっては
何でもないこの時間。

次男にとっては苦痛。
電車で病院へ行くのは
無理でした。

ここで。
初めて。
主人の登場です。

この時、やっと主人が
病院まで車で送ってくれる
という協力を
かってでてくれました。

この時の私は。。。
大切な子供の為なんだから、
お父さんがこのくらいのこと
してくれて当たり前。

と思っており、
感謝の一言も伝えていなったように
思います。

何はともあれ、無事、
時間までに病院に入ることができ、
検査を受けることができました。

ところが。。。
看護婦さん 「では、
       検査を始めましょう。
       お兄ちゃん、
       このベッドに
       横になって。」

   15分後。。。

看護婦さん 「はい。
       じゃあ起きて。
       立って。」

立った次男は、
気分が悪いと 
すぐに座り込んでしまいました。

看護婦さん 「あら、辛そうね。
       じゃあ、
       横になりましょうか。
       では、これで終了です。」

私 「はっ?
   これでもう いいんですか?」

看護婦さん 「そうですね。
       あとは先生から
       話を聞いてください。」

私 「はぁ~。」

待ちに待った検査。

辛そうな次男を
何とか病院へ連れてきた検査。

ものの数分で終わりとのことでした。

これで本当に
次男の体のことが分かるのだろうか?
私の中でさらなる不安が募っていきました。 
お読みいただきまして ありがとうございました

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